SUDDEN FICTION 〜超短篇小説10−2〜



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今回の短篇は昨日の会話文に

描写を加筆したものです。

原文を読むと味が増すかもです。

原文はコチラ

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超短篇10−1

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※原文を太文字にしてあります。



「ひとつ大事なことを教えてやろうか?」


「なんだい?」


「もしも小説が書きたければ少なくともその間は他の小説を読むなってことさ」彼はきっぱりと言った。鉛筆を両手で折るみたいな言い方だ。


「どういうことだい?」僕は姿勢を整えてから訊ねてみた。


「バットを振りながら投球ができないのと同じことさ。分かるだろ?」


「分かる気はする」


「だから君が何かを読んでいる間は何かを生み出すことはできないんだ。もし何かを生み出そうとするのなら、じっと右脳にある地平線から物語の稜線が顔を出すのを辛抱づよく待たなければいけない」


「もしそれが顔を見せてくれなかったら?」


「そのときはそのときだ。仕方ない」


それで、と僕は言った。「僕らはどのくらい待てばいいんだい?」


「どのくらいなんて俺に分かるもんか。自分の才能を信じるか信じないかは自分次第さ」


そう言って彼は瓶ビールの底を南の空に向かってグイと上げた。ちょうど、てんびん座が南中しているあたりの空だ。


「そういう君は文章を書けているのかい?」少ししてから僕は言った。


「俺の右脳の地平線にはまだ日が昇らないんだ」





季節は初夏で我々はマンションの屋上に出て二人でビールを飲みながら空を見るともなしに眺めていた。彼はバースで僕はコロナを飲んでいた。彼のはエールビールで、僕のはラガービールだ。


彼は適当に仕事をやっては金を貯めてしばらくすると長い休みを取るパターンを繰り返していた。9ヶ月働いては3ヶ月休む。季節3つぶん働いて、1つぶん休む。その繰り返しだ。


今はその3ヶ月の休止期間の最初の月だった。あとふた月したら彼はまたどこかに行ってしまう。


彼が普段どこに居て何をしているのか僕は知らない。


僕が知っているのは彼の生活のパターンと、エールビール好きということと、彼が小説を書きたがっているということくらいだった。





「だから君はそれを待っているのかい?」


「ああ、そうだね。こういうのは信じてみるしかないからね」


「それでも君は待ってみるわけだ」


「そうだね。自分の可能性を信じるかどうかは自己責任だからね」


彼はそう言って2本めのビールを開けてフタを近くにあったバケツに向かって投げた。


カランという音を立ててその王冠は見事にバケツの中に収まった。大した反応を見せない彼の代わりに僕が喜ぶ。すごいじゃないか。





彼がどこからともなく帰ってくると、我々はこうしてよく酒を飲んだ。僕のマンションの屋上にキャンプ用の椅子を2つ出して、空を眺めながらビールを飲むのは結構贅沢な時間だった。


僕の部屋の玄関には、このささやかな行事のためだけにビニール製の椅子が2つあり、東京の狭いマンションではそれは邪魔になることの方が多かったが、僕はその椅子を捨てずに取ってあった。


そしてこの時期になると我々はまずそれらがかぶったホコリをきちんと拭き上げる作業から始めた。





「僕ならバカバカしくてやめちまうかもしれないな」そんなふうに可能性を信じて待つなんて僕にはバカバカしいように思えた。バカバカしいし、虚しい。虚しいし、みじめだ。


「俺だってそうさ。そんなバカバカしいことをやるより、ビールを飲むかその辺の女と一発やってたほうがよほどマシだ。でもそれじゃああまりに虚しいと思わないか?」


彼はビールの瓶をこちらに見せた。それはマーチング・バンドの先頭で指揮者が持つバトンのように綺麗な角度を描いていた。


9ヶ月と3ヶ月の周期で生きることには虚しさを感じないのかい? とも訊きたくなったがそれはやめた。それは生き方の違いに過ぎないのだ。


だから僕は別の言葉を探して彼に言った。


「人生という1ダースの容器は、半ダースの空虚と半ダースの憂鬱でできている」


「誰の言葉だい? ウディ・アレンかい?」


「今僕が作ったのさ」


「出鱈目だね。そんなのまるで出鱈目だ。それならいつ人は報われるっていうんだい?」


「その1ダースぶんの容器をきちんと満たしたときさ。空虚と憂鬱でね」それも今作った考えだった。


「とういうと?」と彼が訊ねた。


僕は酔いの回りはじめた頭をフル回転させて話をでっち上げる必要があった。





「その両方をきちんと味わって、すっかり受け入れてしまうと、1ダースぶんがまるごと幸福という名前に変わるんだ。僕の言っていることは分かるかい?」悪くない作り話だと自分でも思った。


「分かる気はする」


「それは良かった」


「でもそれじゃあ虚しすぎやしないか? 人がなにかに絶望するときは報われないときだぜ?」


「たしかにそれはそうだ」と僕は言った。きっとそのとおりだ。


「だったら俺が右脳の片隅に物語の光を探すとき、それは空虚と憂鬱のどっちだっていうんだい?」


「きっとどちらでもあると思うよ。そう思わないかい?」


「たしかにそれはあるかもしれない。文章を書く作業なんて空虚か憂鬱かのどちらかだ」


「君はそれをきっちり満たせばいいのさ」


「きっちり1ダースぶん?」


「そう。1ダースぶん」





遠くでは首都高を通過していく車の音がしていた。


マンションの近くにはRのきついコーナーがあり、そこでマニュアル車は2速か3速にギアを落としてエンジン・ブレーキをかける必要がある。


直列6気筒の車がギアを変えて回転の上がったエンジンの排気音が我々のところまでやってきた。スカイラインかチェイサーのような音だ。あるいは輸入車かもしれない。





それじゃあ、としばらく経ってから彼が言った。「人生のすべての時間を使って俺はその作業を続けなければいけないのかい?」それ自体が空虚じゃないか? とでも言いたそうだ。


「それは君次第だと思うよ。可能性はなんとやらって誰かが言っていたぜ?」可能性についてはさっき彼が言ったばかりだった。それは信じるほかないのだ。僕は彼がやったのと同じように自分の持っていたコロナの瓶を傾けてみた。


「俺は知らないね、そんな言葉」と彼は言った。


「でも、きっと君はやめないと思うよ」と僕は言った。


「その根拠は?」


「なんとなくさ。君は書くことをやめない。どちらかというとやめられないのさ。君はそういうことでしか自分の存在を定位できない人種なんだろ?」


そう、そういう人間が世の中には一定数存在するのだ。


ランナーが日々のランニングにより自分の現在地を定位するように、多かれ少なかれ我々にはそういった自分を定位する方法が必要なのだ。





「まったく、人生ってやつは非参かみじめかのどちらかだな」


「それはウディ・アレンの言葉だろ」


「君の言う空虚と憂鬱の話よりマシじゃないか? 俺はアレンの言葉の方が優しさを感じる」


そうかも知れないと僕は思った。遠くの方でまたマニュアル車がカーブを曲がる音がした。


僕は1本めのコロナを喉の奥に流し込む。(おわり)



僕も毎日右往左往しております。

言葉のちから

僕らの言葉と想いと行動が きっと世界を変えていく 少しだけいい方向に

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